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大学院の再編、研究科の新設

2022/06/22 11:05

福島大学が大学院を再編し、新たに食農科学研究科というものを設置するそうです。海外にはあるのに日本にはない研究科、または将来に向けて日本で新設したほうが良い研究科というものはありますでしょうか?

※OKWAVEより補足:「大学院」についての質問です。

回答 (2件中 1~2件目)

2022/06/22 20:27
回答No.2

少し長くなりますが、以下のとおりお答えします。

>福島大学が大学院を再編し、新たに食農科学研究科というものを設置するそうです。海外にはあるのに日本にはない研究科、または将来に向けて日本で新設したほうが良い研究科というものはありますでしょうか?
⇒ぜひ、「科学哲学研究科「を新設してほしいです。あらゆる科学を俯瞰し、総合し、指針を与える。特に、先端技術と人間との関係や人類の未来を考えて、科学部門に学際的(interdisciplinary) な道標を提供できるようにするための学問領域です。まあ、一言で言えば、「人類の未来を思う」ためです。

以下で、その理由や思いのたけを述べます。(長くなりますので、無視なさっても構いません。その場合は、せめて上の4行をもって私の回答とさせていただきます。)
哲学の機能:かつて哲学が諸学問を統合する機能を果していたが、それは原理的には今日でも変っていないはずである。すなわち哲学には、諸科学を統合してこれに指針を与えるという機能がある、少なくともその使命を負っているはずだと考える。ところが、現代哲学は史的研究には精出すものの、このような問題を哲学することにはあまり関心を持たないように見受けられる。一方、人類史の頂点にいる現代人は極度に"sophisticate"されて、自然児たることすなわち己が自然の一部であることを忘れ、自然や人間を分析・制御するための学問に長けてきた一方で、全体を俯瞰し統括するという視点を喪失した。また歴史上の頂点にいる"homo faber"(工作人)としてある意味必然の結果かも知れないが、現代人は超高度な文明化社会を現出した。文明化そのものを咎め立てするのではないが、文明の高さに比して文化度が低すぎるのではないか、と指摘したい。その証左として、我々現代人は地球上のあらゆる生命の生殺与奪権を掌握するという、いわば「人間帝国」を造り、体は一つなのにこれを切り刻んで部品化し、部品を寄せ集めれば全体に戻るだろうという要素還元主義的な(物理学などでは有効であろう)見方を生身の人間にまで当てはめ、それに染まり切って脱却できない。これらのことと、本来司令塔たるべき哲学の存在感が薄く、軽視されがちな風潮とは同一線上にあるようにも思える。ある意味、我々が進歩だと妄信して精出してきたことが、実はとんでもない愚行、自然を冒涜する反逆だったのかも知れない。いや、よく分からないが、少なくともそういうことに思いを致してみることが必要ではないだろうか。その意味で、我々が事態の原点に戻って考え直し、人間として「本当の幸福」を追求するのに最も頼みとなるのが哲学ない哲学的人間工学とも言える学域だと考える。
理性偏重の弊害:人類の未来を考える時、注視すべきものは何か。それは疑いもなく、頭脳や理性に関わることだと言えるだろう。デカルトらを中心として提起・確立されてきた合理主義精神は、近代以来の輝かしい人間賛歌であり、凱歌であった。それは否定できない事実であるし、我々現代人はその恩恵に与って文明を発展させてきたことも事実であろう。しかし問題は、理性主義を尊重し過ぎて合理一辺倒にのめり込み、それに支配さえされてしまっていることである。早い話が、頭でっかちになり過ぎたということで、これすなわち、全体(=全身・生命)が一部(=頭脳・理性)によって支配されてしまっているのではないか、生命体として全身とのバランスを欠き、中途半端に頭がよくなったことが問題ではないか、と言いたいのである。例えば、現代人の争いごとほど「頭脳戦争」の様相を帯びているものが他にあろうか。映画にもなったSF『宇宙戦争』(H.G.ウェルズ著)に描かれた、頭から直接手足が伸びているような怪物に形態進化するのかも知れないと危惧されるほどである。荒唐無稽な空想のようだが、一説によると、我々人類はかなり高い確率で自滅するという。その信憑性のほどは定かでないが、少なくとも「人類の行く末が、己が頭脳の産み出した兵器等の破壊力によって運命づけられる可能性がある」とは言えるだろう。世界には、地球全体を破壊し尽すほどの核兵器が保蔵されていると言われて久しい。『渚にて』(アメリカ、1960年)や『復活の日』(日本、1980年)のような映画が公開されて話題を呼んだが、これらが暗示しているのも、地球と人類の終末的危機状況である。それもこれも、人間が「中途半端に」頭がよくなったことの結果がもたらしたことではないか、と言いたいのである。
人間的未来のために:上述を要約する。頭脳は、当然ながら生体の一部である。その生体の一部に偏重し過ぎた結果、生の全体がそれに支配されているのではないかと懸念するのである。我々はこういう憂慮すべき点にこそ頭を使うべきだと思う。先哲オルテガの「生-理性主義」が言うように、「理性は生の一形式、一機能に過ぎない」。だからといって、理性を捨てようというのではない。生-理性を尊重しつつ、世界と生の哲理・理法を考えようと言うのである。生-理性の根本原理は、高尚なことでも複雑なことでも何でもない。それは、だだ生きることそのもの、個としてまた地球市民として、「ともに生きることそのもの」である。(1)科学的進化・専門分化を注視しつつ、その連携・調整・体系化・統括に意を用いる。(2)異文化間・国際間の関係では、可能な限り、国家・民族・企業等に代表される集団としての建前や役割に固執せず生身の個人的存在として交渉・協定を志向する、などが人間的生の理念として掲げられ得るだろう。肝心なのは、現代人特有の頭脳や理性を、知識だけでなくむしろ「知恵に」活用することであろう。「本当に頭がよい」とはどういうことかについて考え直し、自滅回避の方向へ英知を結集したいものである。常に、あるべき人間的生の何たるかを哲学したいものである。

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2022/06/22 11:11
回答No.1

中国には交通大学というのがあるそうです。日本には高校の鉄道科や運輸科を設けているところもありますが、鉄道大学や交通大学というのはありません。総合的に交通を研究する大学や大学院があってもいいと思います。

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