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認知症の母を介護する苦悩と乗り越え方
2023/10/16 02:40
- 20年以上に渡り認知症の母を介護していますが、たまに殺したいほど腹の立つ時があります。
- 母の年齢を考えると、介護期間もあと2~3年で終了すると思われますが、それでもたまに殺したいほど腹の立つ時があります。
- もう先は見えていますが、あと2~3年の介護期間を、どうにか乗り越える秘策を教えて下さい。
認知症の母
2021/07/15 05:12
20年以上に渡り認知症の母を介護していますが、たまに殺したいほど腹の立つ時があります。母の年齢を考えると、介護期間もあと2~3年で終了すると思われますが、それでもたまに殺したいほど腹の立つ時があります。
もう先は見えていますが、あと2~3年の介護期間を、どうにか乗り越える秘策を教えて下さい。よろしくお願い致します。
回答 (5件中 1~5件目)
「ユマニチュード」「バリデーション」を
勉強してください。
[介護する人の負担を軽減するために
介護保険制度が創られています。最寄りの
社協(=社会福祉協議会)を訪れて、相談して
みませんか]
私が介護の研修を行った病院では、
矩形の回廊を黙々と歩き続けている人、
怒声を張り上げ続けている人、目を合わせると
トイレに連れて行くことをせがみ、連れて行くと
出ず、部屋に戻ると、またトイレに行くことを
所望する人、失禁して自己嫌悪に陥っていて、下着等を
替えると、また直ぐに失禁してしまう人……諸々の
人達がいました。
拘束は禁じられているのですが、ベッドに
拘束するしか対応する方法がないという人達も
いました。
以上のような人が、自宅で暮らすとしたら、
ご家族には、対応が難しいでしょうね。
「ユマニチュード」「バリデーション」を
完璧にマスターして、対応し、
無理ならば、介護保険制度の諸種の
サーヴィスを受けられるのが
賢明なスタンスではないでしょうか。
それにしましても、
20年間は、なんとも
凄いですね。
Good Luck.
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keizo99さんが仰るように、介護のサービスを受けることをおすすめします。サービスを受けている間に、少しでも自分を取り戻せるかと思います。
とはいえ、サービスを受けていないときは、大変ですよね。
私は孫が知的障害の一級です。月曜の朝から金曜の夜まで預かっています。日中は学校で、その送迎をしていますが、家にいる間は眼を離せません。
私のその孫から受け入れることを学びました。
受け入れることで、お互いに笑顔が増えたように思います。
笑顔があれば、苦労を忘れさせてくれます。
孫は手指が器用でないので、おもちゃを振り回しては、投げてしまいます。私の頭や顔に当たるのですが、純粋にぶつかった痛みだけです。痛みと言うよりも、おもちゃの重さに応じた圧力と言った感じで、痛くはないのです。
これは、受け入れられている証では無いかと思います。
認知症は、ちゃんとしている過去をしっているので、受け入れることは難しいと思います。
でも、脳が働かなくなってしまったのですから、仕方ありません。
受け入れることは、人生の学びと思っています。
笑顔で朗らかに積極的楽天的にいきましょう。
盗難を疑われたり、虐めを疑われたりは本当に辛いと思います。
よく義妹に「私は、お義姉ちゃんみたいに優しくないから、流せないし許せないし、何度も同じことを・・・と言ってしまう。」と。
殺したら、せっかく頑張った20年以上が無駄になる。あと2~3年って判ってるのなら、それを過ぎたら間違いなく、あなたは楽になるのでは?
アンガーマネジメントなどは?あと一時的にでも離れる、人に頼む、アンガーマネジメントの中に有るかもしれませんが、時間を決めて(何時から何十分と)嫌だったこと辛かったことをノートに書く。書いたら忘れたことにする(忘れられないでしょうが、忘れたと思う。怒り、悲しさはノートに丸投げ)で、お母さんが亡くなられた時にノートも一緒に御棺に入れる。
同じ経験をしている人と、繋がって話をする。
うちの母は姑、舅と看ました。同じ介護をしている方と定期的に話すのが息抜きになったようです。
20年以上も、よく頑張って来られましたね。凄いです。息抜きを見つけて、将来の、あなたの幸せの準備を。
良く20年も付き添っておられますね、普通なら介護施設にはいるパターンです、また、デイ-、シヨ-トステイお泊りとかわご利用してないんですか、デイ-にいつている時間、ご自分の時間ができますし、確かに認知の場合いは徘徊もありますし、いつても通じない感じがありますが、貴女の言っていることは分かっているのですが、それを伝えられ無いのが認知症なのです、また、方向が分からなくなり、不安になる、一番苦しんでいるのわ、本人なのです、警察に保護されても、時分の名前が言えるときわよいですが、返答しないから、本人が分かっていないとおもわれますが、本人が伝えられ無い、のです、上手く言葉にできない、それも認知です、よく、人地の親を叱りとうす親族がおられますが、認知の人は何で怒られて、いるか理解出来ないのです、また、認知機能の叱りとうすのは、よりす不幸です、
𠮟れば叱るほど認知機能が低下します、人は認知になつても人のかかわりで、認知の進のか遅れるばわいもあります、まず、人とのかかわり、怒らないことが、おだやかな人間制をのこす、事になるとおもいます、貴女がいま、限度なら介護サアビスをうけさすべきです、お互いがふこうな関係にならないためにも、わたしも、介護関係、警察の方にお世話になりましたが、怒らず、諦め、自分のためではなく、認知の親のためにも、理解出来たときから、怒るのをやめました、諦めとこれわ、本人が意識してやつてるのではなく、病気なのだと、けつきよくは、徘徊もありました、事故もありましたが、警察も協力していただき、後半のなくなる前に、有り難うと口に出すことがありました、その時はとても嬉しかつた思いでです、みなさんが、みんなそうゆう、体験はしないと思いますが、私には、休みは本人の好きな校外とか、朝わコ-匕-とかつれていつてました、デイもいかし、シヨ-ト泊まりもいかし、介護ヘルパーもたのみ、昼から仕事に言ってました、介護は自分の為にするのでわなく、ほんにんがなるべく、苦しむことが楽に過ごせるように、いつものしぜん、を味会える毎日をとかんがてました、で歩く事が、好きだつたし、人との交流がとざえたときに、認知が発症しました、やはり人間は孤独が続けば駄目になるのではと思っています、