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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:「学歴ロンダリング」? 大学院の意義理解してる?)

「学歴ロンダリング」とは? 大学院の意義を理解している人はどれくらいいる?

2023/08/10 23:46

このQ&Aのポイント
  • 学歴ロンダリングとは、自分の出た大学よりも上と思われる大学院に進学することを指すインターネットスラングです。
  • 一部の人々は、学部入試を通らなかったからといって、大学院に進学することをズルいと捉えているようですが、大学院は学部とは異なる次元のものであり、能動的に研究をする場であることを理解するべきです。
  • 一般的には、大学院の意義がどの程度理解されているかは定かではありません。皆さんの認識をお聞かせいただきたいです。
※ 以下は、質問の原文です

「学歴ロンダリング」? 大学院の意義理解してる?

2011/03/02 00:30

つい最近、「学歴ロンダリング」というインターネットスラングを知りました。自分の出た大学よりも「上」と思われる大学の院に進学することだそうですね。

ただ、この言葉の存在とその意味を知った時、みんな大学院の意味を理解しているのだろうか、と疑わしく感じました。ネット上では(そもそもネットの掲示板という世界自体が閉鎖的コミュニティなのですが)、学部入試を通らなかったからって、別ルートで学歴を獲得するなんてズルい!という認識が一部であるようです。しかし、大学院は学部4年間の延長ではありません。授業を受けるところではなく、能動的に研究をするところです。低偏差値大学の学士と有名大学院の修士は、レベルの上下云々以前に次元が全く違うものです。確か、東京大学院の方の見解だったかと思いますが

「大学入試で落とされてしまった、或いは当大学を受験しなかった他大学の上澄み(文脈上、各大学に在籍する、極めて優秀で研究才能をもつ人のこと)を是非大学院で取りたい。」

と仰っていました。

つまり、「学歴ロンダリング」という単語や「ズルい」という発想が出てくること自体が、大学院の意義を理解していないことの証だと言えるでしょう。そういう人は修士課程の1年目を「大学5年生」のように勘違いしているのだと思います。

さて、ネットの掲示板などでの大学院に対する認識というのはこの程度なのですが、実際のところ一般的に大学院の意義(大学の延長などではないということ)というのは、世間にどの程度理解されているのでしょうか? 皆さんの認識をお聞かせいただけると嬉しいです。

質問者が選んだベストアンサー

ベストアンサー
2011/03/03 06:55
回答No.11

No.3の回答者です。コメントにお答えします。

>>>>(差し支えなければ、どちらの大学院大学かをお聞かせ頂けると幸いです。)

すみませんが、それにはお答えできかねます。
このサイトでは、(一応)難関の部類の理系、のように書くようにしています。

>>>ところで、留学した場合などに、学歴の記載が長くなってしまう人がいると思うのです。

「学歴」に該当するのであれば、長くても全部書けばよいと思います。
大前研一さん(経営コンサルタント、かつて東京都知事選に出馬してオートバイに乗って選挙運動)は、たしか、早稲田大卒、東工大の修士、MITの博士、全部書いていると思います。
本人のHPにも書いています。
http://www.kohmae.com/profile/index.html

>>>学部だけ書くと何の研究をしたのか不明瞭です。

何の研究をしたかを明かしたい場合あるいは明らかにする必要がある場合は、書けば良いのではないでしょうか。

>>>簡潔さを求めてB大学もしくはC大学の名前だけを書く方がベターなのではないでしょうか?
>>>(著作の性質に合わせて書く経歴を変えるとか)

ケースバイケースなので、わかりやすく書けばよいと思います。
大学、院の名称は全部書くとして、専攻の名前・種類については、個人的には、博士の専攻が第一優先、修士の専攻が第二優先で一つ以上書けばよく、他は大学名だけで十分だと思っています。
大前さんの場合は、早稲田の「応用化学」は書かず、東工大とMITの「原子力工学」を書いていると思います。
ただし、茂木健一郎さんのように理系と文系の両方を卒業しているような人など、著しく異なる分野を学んでいる場合は、両方書くのもよいと思います。

お礼

2011/03/03 12:03

おはようございます、sanoriさん。はじめ「このような質問の場合、同調する意見をベストアンサーにするものだから……。」と書かれた時には、随分と後ろ向きな方だなあと思ったのですが、とてもお話甲斐のある方でよかったです。実際にお会いしてお話できないのが残念で堪りません。

確かに茂木さんのケースでは、両方とも書いておくのがベストのようですね。私がこの質問を投稿したのも元はと言えば、「誰しも学を重ねる毎に自らの進みたい道が決まってくるものだから、高々18歳やそこらで選んだ道が一生を通じて最も重視されるのは最適ではない。大学4年間で様々なstimuliを受ける中で自ら進学を決めた大学院こそが、その人の人となりや思考の傾向などを把握するための(学歴というカテゴリの中では)いちばんの材料ではないだろうか。」と感じたからでした。もちろん、全ての人にとって大学院が最適な判断材料になるわけではありません(そもそも学問系列によっては大学院へ行かれる方の方がマイノリティであったりしますし)。ですが、それなら逆に全ての人を学部で判断することもまた同様に理にかなってはいないのです。

暫く締め切らないでおきますので、またお気づきの点等あれば、是非ともお書き込みください。

質問者

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その他の回答 (12件中 1~5件目)

2011/03/03 12:40
回答No.12

 私は私立の工学系大学に入学しましたが、東工大の大学院で研究生として半年間 研究する機会を得て研究した事がありますが、お世話になった教授から大学院の試験を受けるよう厳命されて試験の3ヶ月前より突然 東工大の大学院の試験勉強をした経験あります。 結果は、次点で大学院には行けませんでしたが、大学の入試を考えると「国立大学レベル」ではない、私が東工大の大学院の試験では健闘したことからも、入学後に専門の科目を頑張ると入学時点では無理な大学の大学院への入学はかなり楽という印象があります。

 そして、社会にでてから聞かれる「最終学歴は? 東工大大学院卒」で通用し、実はxxx大学入学だけど とは殆ど言わなくても済むということが実態なので「学歴ロンダリング」ということは、そんなに違和感ないです。

「学歴ロンダリング」って違法な事をしているような響きがありますが、純粋に入学後に興味を持って勉強し、たまたま入学時よりは偏差値が上位の大学院に入学した! ということではないでしょうか?

 それよりは時々、ここで見掛ける大学院を目指しているであろう人の情け無い質問を見て・・・こんな幼い人が大学院を目指しているのかと不安になります。


>「学歴ロンダリング」という単語や「ズルい」という発想が出てくること自体が
>そういう人は修士課程の1年目を「大学5年生」のように勘違いしているのだと思います。
同感です。
大学院生なのに、指導教官とコミュニケーションできないという質問を見ては、大学はレジャーランドと言われたいたが、いまは大学院もレジャーランド、入社試験の予備校みたいな存在で、研究者を養成する機関という存在意義を理解しないで入学する学生が多いように感じます。

お礼

2011/03/03 23:55

ご意見、ありがとうございます。

>大学院を目指しているであろう人の情け無い質問

これは、例の自ら「ロンダリングしよう!」という意識を持って質問している人のことでしょうか。まさに私が指摘してきたのは彼らのことです。
調べたところ、どうやら、せっかく2ちゃんねるの中だけで収まっていた誤認識をある書籍が広めてしまったようですね。Amazonで見つけました。URLが長いので貼れませんが、『学歴ロンダリング』でご検索ください。

YAHOO!智恵袋で見つけたある質問では、質問者自ら「学歴ロンダリングしようと思うのですが、○○大学のどこの研究室が一番入りやすいですか?」なんて書いているものも見られ、唖然としました。

質問者
2011/03/02 22:05
回答No.10

修士で入ってきてドクターに進学せずに就職する人について、
質問者さんの理論では説明できません。

通常、M1の終わりには就活が始まります。
本当に研究のことだけを考えるならば、
4回生の時と同じ研究室にいる方が確実に専門性を高めることができます。
また、「〇〇先生がされている研究がしたい」というならば、博士課程に行くはずです。
ただ、今まで何人か学生を指導してきましたが、
「能動的な」学生はどのようなテーマでも自分好みにアレンジし、
オリジナリティーのある結果を出してきました。
したがって、「テーマが気に入らない」というのは、
本人に能力かつやる気のない証拠だと個人的には考えています。
そもそも、ポスドクやサバティカルの教員ならまだしも、
修士の学生がたったの1年でその分野の最先端レベルに達することは有り得ません。
したがって、そのテーマの本当の面白さを理解することは難しいです。

ただし、結局の所、世の中結果がすべての所がありますので、
生え抜きよりすばらしい成果を出せばだれも文句を言うことができません。
結果が無ければ「ロンダ」とか、生え抜きでも「昔は神童、今はただの人」等と言って蔑まれるので、
気にしてもしょうがないと思います。

お礼

2011/03/02 22:34

指導される側の方からのご意見がうかがえて、たいへん嬉しいです。特に「能動的な学生はどのようなテーマでも……」というのは、まさに現場で教育活動をなさっている方のご意見であり、目を引かれました。確かに研究室とは、言ってみれば先生毎の個人の施設のようなものですし、大学院を選ぶとはいっても、実際は先生を選んでいるのですものね。ロンダリング目的の人には興味のない話なのでしょうけれど。

また、少々脱線した話にはなりますが、「結果が全て」という最早イディオムのようになっている言い回しを的確な意味で使われる方に久し振りに巡り合えました。ある結果を出した後で、そこに至るまでにした反社会的・反人道的行為を、その結果に免じて正当化させる言葉として「結果が全て」と言う人々が多いなかで、回答者様のような方に出会えて、安堵感を覚えました。

質問者
2011/03/02 20:19
回答No.9

1です 何度もすいません

>再びご投稿ありがとうございます。語句の意味は理解していますよ。ただ、幸か不幸か実際に「ロンダリング」される方を見たことが無いので、「本当にそんな動機で修士課程に進学して研究が務まるのか?」という疑問が拭えないのです。少なくとも私の認識では、大学院というのは回答者様の仰る「本来の目的」以外の動機で出られるところなどではないと思うのです。

自分は聞いたことありますよ、何人か。文系でしたが、それこそモラトリアム的な目的や、学部で落ちた学校へ行ったという話しを。京大でも東大コンプが抜けず…というパターンもあったとかなかったとか。
修士なら卒業は出来ると思いますし、その人達は卒業してました。

お礼

2011/03/02 21:53

再びありがとうございます。

京大で東大コンプレックス!? ますます理解しがたいです。言うなれば、「7月生まれの人の8月生まれコンプレックス」と同じくらいに思えます。なぜそこまで行ってコンプレックスの対象が東大? ハーバードコンプレックスならわからないでもないけれど、やっぱりそれでも理解に苦しみます。

それにしても、学部のコンプレックスが大人になっても抜けず、そのために興味もない分野の研究に貴重な若いときの2年を犠牲にするなんて……。コンプレックス云々以前に、やりたいことがなかったのかな、というのが正直な印象ですね。そういう人は学士を得るまでの4年間、一体何をしてたんでしょう?

しかも大学院を出ただけでコンプレックスが解消って……。人間が薄っぺらすぎますよ(泣)

質問者
2011/03/02 10:13
回答No.8

私の思う世間と別の人の思う世間では少々違うでしょうから、結局は個人的な見解ということになると思います。

まず、他大学院に進むことは基本的に「ロンダリングではない」と思います。それが正規なルートだからです。ある大学の付属高校から、よその大学に進学することをロンダリングとは言わないのと同じことです。
その一方で、入試の時に入りやすい4年制大学に入っておいて、難関大学に3年次編入をするということになれば、少々ロンダリングっぽくなるというのが世間の認識ではないでしょうか。つまり、大学は1年から入って4年間の一貫したカリキュラムで学ぶのが正規なルートであり、それに途中から入り込んだのでは正規な教育が受けられないということと、一般論として編入学生の学力が正規の学生よりも劣ることが多いという現実があり、それが問題視されている大学も多いということです。そもそも編入学制度は高専や短大卒業者の受け皿としてできたものであると思います。ですので、多くの大学で認められているとは言え、4年制大学からの進学は本来の主旨から外れると思います。

大学院に話を戻します。東大の見解をあげておられ、その見解は妥当だと思います。ただし、その裏に隠されている部分も考慮すべきです。東大に限らず、多くの大学院で他大学卒業者をとるのは、大学院の「定員」というのがあるからです。定員を満たすことが最重要です。しかも、近年、特に東大では大学院の定員が著しく増大しています。そうすると、たとえ大学側のもとめる水準に満たない能力しかない学生であっても合格させなければならないという現実があります。じゃあ、なぜそんなに定員が多くなったかといえば国の政策とかいろいろな事情があるんでしょう。東大の見解は「どうせ取らなければならないのなら、できるだけ優秀な人を取りたい」という当然のことを述べているだけです。「できれば取りたくない」というのとさほど違わないと思います。なにしろ「取らない」とう選択肢がないわけですから。
そして、次の段階として、大学院の定員を満たすのが困難な大学院が生じます。そうするとその大学院は多くの受験生受験してもらうために試験科目を減らすなどの方策に出ます。それが下位の大学院から上位の大学院へと次第に広がっていきます。そうすれば学生の選抜が不十分になり、質の低い学生が入ってきて、それが問題になるということです。また、そういう学生は卒業研究とは無関係なテーマで研究を開始するわけですから、成果は出にくいです。また、能力が低ければそもそも研究にならないという事態も生じます。それほど院入試による選抜レベルが低下している大学院も少なくありません。
大学院を出れば、多くの場合、企業での研究職で就職を目指します。そのときに外部からの進学者は研究実績が乏しく、研究職に就くためのプレゼンがまともにできません。必然的に就職が決まりにくく、就活期間が長引き、研究が進まないということになります。そうなれば評価が低くなるのも当然であり、「彼は就職のためにうちの大学院に来たのか?全然研究をしていないじゃないか。」という話になります。となれば「ロンダリング」という言葉が浮かんでくるかもしれません。

こういったことは、以前はあまりなかったことです。学歴ロンダリングという言葉も同様です。だとすれば大学院に進みやすくなったことにともなって、質の低い大学院生が入ってきて、その多くが他大学の出身者であるという現実をふまえた上での「感想」がロンダリングということになると思います。以前のように他大学出身者のレベルが内部進学者に比べて見劣りしなかった時代にはロンダリングという言い方はされませんでした。ですから、大学院の意義というのはあなたの認識で良いと思いますが、現実は結構厳しいものがあります。あなたの立場はわかりませんが、仮に外部からの進学者を多く抱える大学院に在籍したとすれば、上述のような感想を持つかもしれません。

ちなみに、多くの人は必ずしもロンダリングを意図して大学院に進むわけではないでしょうし、周囲の人からロンダリングと非難されることもないでしょう。ただし、「一部において」質の低い院生が存在し、さほどの成果を上げずにお情けで(あるいは厄介払いで)修了させてもらい、一流企業に就職するという現実があります。当然、それを快く思わない人も存在します。それが全部であるかのように言われれば、外部からの進学者が気の毒ですが、皆無ではないというのが現実だと思います。

2011/03/02 09:56
回答No.7

1.大学院から別の大学に進学する例は,何十年も前からありました。たとえば群馬大学から東京大学大学院へというふうに。ぼくが知るかぎり,そういう人はたいへんな努力家で優秀でした。当時は「学歴ロンダリング」という用語や概念はありませんでした。

2.当時からしばらく前までは,大学院のある専攻の入学定員が10人あったとして,8人しか受験せず,6人しか合格しなくても平気でした。ある基準をクリアしないと定員にかかわらず入れない,という認識があったのです。

3.現在は大学院拡充で入学定員がふえ,定員13人であれば,どんなことをしても13人を確保しないと,文科省から叱られるという状況になりました。有力大学でなければ,学生集めにも苦労しています。留学生も増えました。むかしの6人から比べると,7人は基準以下ということになります。

4.入れっぱなしというわけにはいきませんから,この7人にまともに修士論文や博士論文を書かせるには,とんでもない手間がかかっています。「学歴ロンダリング」は,ぼく個人は使いませんが,この7人に対していう言葉でしょう。

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